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A.F.M.活動報告

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第6日目 #5

聖書ガーデン~本物の十字架を見る
→第2神殿の模型

●聖書ガーデン:Biblical Resources

鶏鳴教会で涙なみだの礼拝を捧げた後、この美しい聖書ガーデンへとやってきました。緑豊かな美しいガーデンの中に、聖書時代の道具、建物などが展示されている、という場所でした。また、バプテスマのヨハネが生まれた場所でもあるそうです。

P3230346.jpg P3230341.jpg
↑ヤギの毛で作られた幕屋です。使徒パウロの職業はテント作り、こんな家を作っていたんですね。
●十字架に使われた木

ここで、なによりも印象に残ったのが、十字架刑で使われた木でした。当時使われていた形は、4種類あります。I 字型、T 字型、X字型、そして十字型です。特にイエスのためだけに十字架が作られたのではなく、当時のローマの刑罰として一般的に十字架刑は行われていたのです。

さて、下の写真を見てもお分かりの通り、高さは人と同じぐらいしかありません。見せしめの刑なので、人の目線で見れる高さです。私たちのイメージしている、高く上げられる刑ではなかったんです。普通に地面に立った位置で十字架につけられました。ちなみにイエスの十字架は十字の形です、頭上に罪状書きを掲げた(マタイ27:37)、と記述があるからです。ローマは当時、一日に多い時で700人!もの人を十字架につけていました。そうするといちいち作っていたのでは大変ですから、地面から生えている立ったままの木を使う事もしばしばありました。下の十字型の写真などはそうだとおもいます、自然とうってつけの形になってます。

P3230348.jpg P3230347.jpg
↑「I」字の十字架      ↑「十」字の十字架

十字架に人をつけるのに両手、両足に釘を打ち込みますが、腕は手首、足はくるぶしに釘が打ち込まれます。骨の太い所じゃないと体重を支えきれず、ちぎれてしまうからです。足は一本の釘で両足を打ち込むために、両足をそろえてひざを曲げた状態でどちらかに向きを変え、前後にかかとがそろうようにし、そこに釘を打つのです。そういう形の骨が発掘されているそうです。

●十字架刑での死因は呼吸困難

十字架の木を良く見てみると、ちょうど腰をかけられるような木が付いているのがわかるでしょうか?これはただの腰かけではありません、この木には"スパイク"が付けられ、そこに座れないようになっています。なぜこのような物が付いているかというと、十字架にかけられた人は体の重みで体中の関節がずれていき、しだいに肺が圧迫され呼吸ができなくなります。そのうちに気を失いますが、その時に体が下がるとスパイクが尻に刺さって痛みで目を覚まし、また呼吸をしようとして体制を元に戻そうとアップアップします。
また足元には止まり木のような部分があり(この写真の十字架にはついてません)、ここに脚をかけて体重を支えられるようにしてあったそうです。苦しくなったらそこで踏ん張って、体制を元に戻す事ができ、生き永らえますが、さらに苦しみ続けられるようにしているわけです。これを死ぬまで延々とくりかえし、何日も苦しみ続けた後に、最終的に死に至ります。

●すねの骨を折る?

その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、
死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。
(ヨハネ 19:31)


ユダヤ教の安息日は、金曜日の日没に始まります。安息日とは聖なる日です、この聖なる日に死刑囚をそのまま放置させるのは律法違反になる、そこでまだ死んでない人がいたら安息日に入る前に脚のすねの骨を折って、十字架上で体制を整えられない状態にし、早く死に至るように処置をしていたのだそうです(おそろしい・・・)。さらにこの日は"大いなる日":英語では"High Sabbat" (=祭りの日と安息日が重なった時に、このように呼ぶそうです)、この時は「過越しの祭り」の第1日目でもあったため、なおさらでした。イエスとともに付けられた他の二人はまだ死んでなかったので、すねの骨を折られましたが、イエスはすでに息を引き取っていたために折られませんでした。あまりにも早い死であったために、兵士の一人がわき腹を槍で突き刺して確かめましたが、血と水が出てきただけで、もうすでに死んでいました。

P3230349.jpg ←私の代わりに十字架にかかって下さったイエス様を思います・・・

●私たちが知っている十字架って、一体・・・?

今日、イエスの十字架の絵画などを見ると、顔も体もきれいなままの状態ですよね。しかし実際は、vol.4 でも触れたように、ローマのむち打ちを受けているために、見るも無残な姿、絵画とは全く違う姿である事は分かっていただけると思います。さらに十字架の木の表面はなめらかではありません、切りっぱなしです、この木に何度も体をこすり合わせますから、むち打ちを受けた後のイエスのボロボロな体には、どれだけ木の表面が食い込んだでしょうか。最後まで肉体的な苦しみは続いたのでしょう。

もう一つ違うのは、十字架にかけられる人は素っ裸であった、という事です。絵画などでは全て、必ず腰を布で覆っていますが、実際は何も付けていない状態です。侮辱の極致の中、人々の目線を同じ高さから浴びながら、苦しみ抜いて死んで行く、これがローマが選んだ、最も苦しい残酷な死刑だったんです。


●羊の門

ガーデンの中に、羊の門を見付けました。

P3230352.jpg ←当時の羊小屋(?)と呼ぶのでしょうか。

羊は家畜の中でもとっても弱い動物で、1匹では生きて行けない、羊飼いがいないと生きられない動物だそうです。そして休むために羊を小屋に入れた時には、羊飼いは門の所に横たわって寝るのが習慣だったそうで、イエスはその当時の習慣にそって、下記のような事をおっしゃったのですね・・・納得。

そこで、イエスはまた言われた。
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。
・・・・
わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。
また安らかに出入りし、牧草を見つけます。
盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。
わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」
(ヨハネ 10:7~10)


●最後の晩餐って・・・これ?

次に訪れたのは、当時のユダヤ人が行っていた食事のテーブルが再現された部屋でした。ところで、「最後の晩餐」といえば、ダ・ヴィンチの絵で有名ですよね。横に長いテーブルに、イスに座っているイエスと弟子たち・・・もうあれ以外に想像できないぐらいですが、実は、当時のユダヤの習慣ではあのような形式はありえないそうです。彼らはなんと、横に寝そべって、肩ひじを付きながら食事するのが正式だったんです。今の習慣からすると、どちらかというと行儀悪いんじゃ・・・と思ってしまうような姿勢ですよね。全く知らなかった。

※ちなみに「最後の晩餐」と言われるこの食事、過越しの祭り直前の晩に行われる特別な食事、「過越しの食事」と呼ばれるものだそうです。もともとは旧約聖書に出てくる出エジプトのことを思い起こさせるために、行われる一つ一つ、食物の一つ一つに深い意味があり、それを順番にのっとって進められて行く、ユダヤの伝統的な食事です。

P3230357.jpg ←(ちょっと見にくいが)これが正式な食事の形だ!

コの字テーブルをみんなで囲んでいますが、この中でも偉い人が座る所、その次に偉い人はここ、というふうに順番が決まっていたそうです。最後の晩餐では、イエスが裏切る者がこの中にいると言った時に、「わたしと同じ鉢にパンをひたすものが・・・」(マルコ14:20など)と言ってますよね。そのことからどこにユダがどの位置にいたのかもカンタンにわかる、という事です。

と、こう見てみると、私たちの思い込みというか、現実と違う事を本当だと思い込んでいる事って、意外とたくさんあるんだな~と思わされました。

●今はなき、神殿の全体像が見られるレプリカ

第6日目の最後に訪れたのは、エルサレム旧市街に入る前に、エルサレム、そして神殿の全体像が見られるレプリカでした。

エルサレムの光景として有名なのが、黄金のドームを中心として、白い石(イスラエル・ストーン)でできた建物の建ち並ぶ光景ですよね。その黄金のドームは、実は聖書に出てくる神殿があった場所に建てられています。このレプリカは第2神殿と言われる、イエスの時代に建っていたエルサレムの模型です。

P3230359.jpgP3230360.jpg
画像はずれてしまってますが、この本格的な模型の全体像がお分かりいただけるでしょうか?
(画像右上に、小さくツアー客が立っているので、だいたい大きさが想像できると思います)

この模型、50分の1の大きさで、材質も全て一緒に作られてあるそうです。ミカエル・アビ・ヨナという、有名な考古学者によって建てられました。

P3230364.jpg ←神殿部分。この場所が、今は黄金のドームになっているんですね。

ミカエルさんの、この情熱というか、ここまで完ぺきに模型を作る力は、一体どこから?と思えるほど、それは立派なものでした。神殿を含め、こんなに大きな城塞の町だったエルサレムは紀元70年に陥落し、イエスの預言通りになってしまったのです。イエスは涙を流されながら、エルサレムを見て言いました。

エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、言われた。
「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。
しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。
やがておまえの敵が、おまえに対して塁を築き、回りを取り巻き、四方から攻め寄せ、
そしておまえとその中の子どもたちを地にたたきつけ、
おまえの中で、一つの石もほかの石の上に積まれたままでは残されない日が、やって来る。
それはおまえが、神の訪れの時を知らなかったからだ。」(ルカ19:41~44)


イエスを拒否した報いを、彼らは受けてしまったのです。今では、ユダヤ人は「嘆きの壁」と呼ばれる、この城のほんの一部分しか入る事を許されていません。
(2001年当時はそうだったのですが、2004年になって、ユダヤ人やクリスチャンの「神殿の丘」への立ち入りが再開されたそうです。どこまでの部分か、という細かな所はわかりませんが)


第6日目、終了!だんだん、イスラエルツアーも佳境に入ってまいりました。
いよいよ明日は最終日、エルサレム旧市街、イエスが十字架を背負って上られたヴィア・ドロローサに入ります。本当に内容の濃い、長~い一日、お疲れさまでした!
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  1. 2001/03/23(金) 03:52:46|
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Author:AKO
Gospel Choirを指導して、早いもので丸12年が経ちました。まだまだ成長の足らない私ですが、精一杯みなさんと一緒に歌って行きたいと思います。日本のGospel Choir、がんばろう~~!

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