FC2ブログ

A.F.M.活動報告

こちらのブログはhttp://akos-family.net/blog/へ移動しました。

「イエス・キリスト」という名前について #1

「確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、
敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。
だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。」
(ルカ10章19節)
-------------

私たちクリスチャンは、普通祈った後には必ず"イエス・キリストの名前を通して"とか”イエスの名によって”祈ります、と締めくくります。私もクリスチャンになって間もない頃、人はイエスを通してしか、天の神と交わることができないためだ、と教えられました。なるほど・・・イエスの十字架の血潮によって私たちの罪の赦しが与えられたから、神の目にはイエスを通して義人となった、これからはイエスを通して神と直接交わることができる・・・そのことはクリスチャンになった当時でも理解することができました。しかし最近になって、この名前の持つ深い意味を知り、なんという力が私たちに与えられているのだろうか、と驚嘆しました。なので、今回はこの名前についてレポートをまとめたいと思います。(これは 村田雅春牧師・いのちの泉キリスト教会 のメッセージテープを参考にしています)
----

●新しい契約として与えられた名前
「こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者です。それは、初めの契約のときの違反を贖うための死が実現したので、召された者たちが永遠の資産の約束を受けることができるためなのです。
遺言には、遺言者の死亡証明が必要です。遺言は、人が死んだとき初めて有効に なるのであって、遺言者が生きている間は、決して効力はありません。」
(ヘブル人への手紙 9:15 ~ 17 )

 まず「イエスの名前によって」というのは、いわばイエス・キリストの名前の効力を受け継いでいるから言える言葉です。今現代でも人の名前を使う、ということはありますよね。上司の認証サインが入った書類が効力を発揮したり、○○の知りあい、または親戚など、という事でその人を見る目が変わったり・・・それが偉い人であればあるほど、当の○○の部分の人がその場にいなくとも、なんらかの形で優遇されたり恩恵を受けることだってあります。反対にその人の承認なしに名前をみだりに使って不正を行った場合には、なんらかの責任をとる必要が出てくるでしょう、そのように名前には効力がある、というのは今でも一般的に起こっていることです。

上記に引用した聖書の言葉では、キリストは新しい契約のための仲介者であり、召された者=イエスを信じた者 が永遠の資産の約束を受けるようになるため、となっています。さらに遺言(=契約)は人が死んだ時に初めて有効になるのである、と書かれています。ということは、イエスが十字架で死ぬ以前にはこの効力はなかった、イエスが死んだ後(もちろん復活して今も生きておられるのですが)の今だから、この契約の効力がある、旧約聖書の時代には言えなかったのが、イエスの十字架以降の時代は「イエスの名によって」と言うことができる、ということなんです。今を生きている私たちには特別な契約が与えられているのだ、ということがわかります。

●旧約と新約・・・どちらも神がむすばれた契約です
旧約聖書の旧約という言葉は"古い契約"という事です、古い契約の時代には神から与えられた 613 もの律法が全て守られたら救われる、天の御国に帰ることができる、というものでした。しかしそれができるのはだれ一人としていないことを神は十分承知でした、それでイエス・キリストを介して誰でも救われる、という契約を与えて下さいました、これが"新しい契約"=新約という意味になるのですね。しかし守られないことを承知で、なぜ神は 613 もの律法を人に与えたのでしょうか、それは"人の善悪"ではなく、 "神の善悪"を人に知らせるためであったことが聖書に書かれています。結局、人の努力では神に近づくのは無理なんです。

●新しい契約は神の愛のそのものです。だから福音=GOOD NEWSなんです!
わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。 (ルカによる福音書 22:29 )

旧約の時代、どんなに偉大な人でも「イエスの名の権威」は与えられていませんでしたが、しかし今は与えられている、ということが分かりました。イエスご自身も、私たちに「王権を与えます」とおっしゃられました。ところで、この王権とは、いったいどんなものでしょうか?聖書の言葉を見てみましょう。

「イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
(マタイによる福音書 28:18 ~ 20 )

ということで、「天においても、地においても、いっさいの権威」だ、とイエスはおっしゃいました。”天も地も、全てのものを従える権威”なのです。この世でイエス以上の権威は存在しない、それぐらい大きな権威です。私たちには想像のつかない大きな権威・・・であるがゆえに、私たちがこの権威の本当の大きさに気づかずに、ただ教えられたから、というだけで使っているのが現状なのではないでしょうか?実際に私はそうでした・・・

さらにイエスは「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子として・・・父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け・・彼らを教えなさい」と言われました。これは"イエスの名前の権威"をあなたに与えたから、力をもう与えたから、だから行きなさい、と言ったんです。お金を渡さないで、子どもに買い物に行かせる親はいないでしょう、同じように、権威を持たせたから、神は「行きなさい」と言われたのですね。

神が「行きなさい」と言われる時は、誰にも必ず訪れると思います。私自身、今まで何度あったか分かりません、そしてそれは、ほとんどが自分の意志から出たことではなく、あるときは正反対の方向でもありました・・・しかし「行きなさい」の言葉に従ったことで、今の私があるのだ、と確信しています。「あの時、あの決断さえしなければ・・」という事は一度もありませんでした。神の権威をいただいて、そして向かう時に、必ず神が共にいて下さって、その権威ゆえに、困難に見える道も開かれていくんじゃないかな、そんなことを改めて考えさせられました。

ということで、今回は、イエスの名前の”権威”についてまとめました。次回では、それをどのように私たちが用いていくべきなのか、をまとめたいと思います。
スポンサーサイト



  1. 2007/03/03(土) 11:00:35|
  2. Bible Study
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「イエス・キリスト」という名前について #2 | ホーム | 洗礼:バプテスマって・・・?>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://afgc.blog27.fc2.com/tb.php/179-618f3f5b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2カウンター

義援金募集

FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして

プロフィール

AKO

Author:AKO
Gospel Choirを指導して、早いもので丸12年が経ちました。まだまだ成長の足らない私ですが、精一杯みなさんと一緒に歌って行きたいと思います。日本のGospel Choir、がんばろう~~!

最近の記事

ブログ翻訳

powered by 3ET
powered by 電脳PC生活

カテゴリー

月別アーカイブ

最近のコメント

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

QRコード

QRコード