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枯れたいちじくの木

キリストが空腹のとき、何も実をならせていない「いちじくの木」を
枯らせてしまった・・・これはどう理解すればいいの?
そんな疑問をいだいたことはありませんか?

実はこのことにも、深い深い意味があったんですね。今回はその解説です。
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<今日の御言葉>
道ばたにいちじくの木が見えたので、近づいて行かれたが、
葉のほかには何もないのに気づかれた。
そこで、イエスはその木に「おまえの実は、もういつまでも、
ならないように」と言われた。すると、たちまちいちじくの木は枯れた。
(マタイ21:19)
-----------

この出来事は、イエスが公生涯で最後の過越の祭りを祝うために、
エルサレムへ来られた時に起こりました。この祭りで十字架にかかる事も
イエスはご存知で、最後まで弟子たちにさまざまな教えを伝えて行きました。
この出来事も、"弟子に教えるため"に起こった事です。

マタイは時の経過を省略して書いていますが、マルコ(11:11~25)を見ると、
これが2日間にわたる出来事である事がわかります。

ではこの箇所は何を教えているのでしょうか。
イエスの"人性"と"神性"という二つの側面から見てみましょう。

1.空腹を覚えたというのはイエスの人性をあらわしています。

 過越の祭りは春の祭りです、いちじくの木は春に葉を茂らせますが、
 小さな実(初なり)をつけます、イエスが期待したのはこの実です。
 しかしそこには葉のほかは何もありませんでした。

2.イエスはその木をのろわれました。これはイエスの神性を示しています。

 このいちじくの木はイスラエルの民を象徴しています
 (エレミヤ書24:5,ホセア9:10)。
 より詳しく言うと、当時のパリサイ主義の信仰を指し、
 一見敬虔そうに見えながら、霊的実質が伴っていないのが、
 パリサイ派の信仰でした。

いちじくの木が枯れているのを見て、弟子たちは驚きます。
イエスは弟子たちに、ご自分の人性と神性をここでも表されたのです。

そこで弟子たちに、いちじくの木を通して二つの教訓を与えます。

1.枯れたいちじくの木は、不信仰なイスラエルの民の運命をあらわします。

 彼らは紀元70年にローマ軍によって滅ぼされますが、
 その原因は不信仰にありました。

2.信仰による祈りには力があります。
 「山が動いて海に入る」(21節)という表現は、ラビ(律法学者)たちが
 よく使った言い回しです。(山=難問という意味で使う)
 イエスは当時よく知られた表現を用いて、
 信仰による祈りには力がある事を教えました。
 →山が動く=神の知恵が与えられ難問が理解できる、という意味

実をつける信仰、また力ある祈りとは何かを考えましょう。
へりくだって神の知恵と力に信頼する人には、
常識では不可能と思えるような事が可能になります。

(デボーションガイド「クレイ」2002.11月号/中川健一 著より)


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初なりのいちじく
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  1. 2008/03/12(水) 13:27:20|
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