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A.F.M.活動報告

こちらのブログはhttp://akos-family.net/blog/へ移動しました。

5月度レッスン報告

もう5月が終わりますね、はやいな~・・・
半袖でも十分なぐらい暑い今日この頃ですが、レッスン中もかなり暑い!それに湿度も高そう・・、もう梅雨の時期はそこまで来ている感じです。

さて5月度のレッスンの報告です。

今月は発声練習にもちょっと手を加えて、声の出し方を確認しました。

 1. 表情筋、特に頬の上の筋肉を鍛えるために「みめみまみもみむ」で発声
 2. 声がのどで留まらないように、舌よりも上から母音が抜けるようにするため、
  口を(というか、口の中を上顎から)上に広げて行く意識で行う
 3. 意識が上顎から上に集中するので、逆に下顎から下、舌の付根やのどは
  フリーにすること、おなかで上半身をしっかりと支えながらやるのがコツ

この練習は私がやってもきついです。何回やってもきつい!だから効果が出やすい!と思いますよ。だって、確実にこの発声をした後のみなさんの声の出方が違いますもん。ぜひ引き続きやっていきたい練習です。

そして先月に引き続き「Jesus is the answer」 を歌いました。特に、ソロパートのバックコーラスを加えて、全体的な流れをつかみつつ歌えるように練習しました。

 1. Jesus is the answer...のコーラスは、言葉の勢いをつけて歌えるように。
  これは力任せ、というのではなく発音(特に子音ですが)を使って勢いをつける。
 2. そのコーラスパート(サビ)がテンションの高い、強いセクション、
  逆にソロパートは少しおだやかになるので、
  その強弱を掴みながら歌い進めて行くように。
 3. 特にソロパート2番のバックコーラスはソロをバックアップするようなハーモニー、
  イメージで言うと風のような、表情豊かなコーラスを作れるように。
 4. そのソロ2番のコーラスの最後、"He would do it for you" はみんな結構
  歌いにくそうですが、アクセントを He、do、 you、に置いて歌うとGood!

というようなことを重点において練習しましたね。・・・これだけ挙げてみても、かなり内容が濃いーですね~。よくがんばりました!

そしてもう1曲、昔のレパートリー復習シリーズとして、今月は「There's a praise」を取り上げました。歌詞はいたってシンプル、同じ歌詞を何度もくりかえすだけですが、その曲の展開がダイナミック!ゴスペルの醍醐味を十分に味わえる曲です。

There's a praise ringing in my soul.

"praise"という言葉はゴスペルにはよく出てくる言葉で、ほめたたえる、という意味です。ここでは神様をほめたたえる、神への賛美、と言うこともできますね。この賛美はいつも私の魂に鳴り響いています、というような意味になります。

まさに、毎回のレッスンでは初めから終わりまで、終始神への賛美があふれています、それは発声練習であっても心が神に向いているならば賛美だと思うんですね。その賛美の中に神は住まわれる、と聖書にありますから、いつも神様がそこにいてくださる中で私たちは歌っていることになります。そのことを感じていただけるならば、本当にそのクラスは祝福されています!

私がなぜ発声練習や歌い方にここまでこだわって力を注ぐのか・・・それは神様に捧げる賛美だから最善を捧げたい!と思うからです。最善を尽くして、最善の物を神様に捧げたい、それが例えパーフェクトにできなくても、そこに心を尽くして、できる限りの力と気持ちとを注いで歌うことができれば、神様はもっと喜んでくださる、そして私たちの賛美をしっかりと受け取って祝福してくださるはず、そういう信念があるからです。だから手抜きができないんですね~・・・。いや、元気な時だけかもしれないけれど・・・。

幸い、今回クラス編制を変更させていただき、数が減った分、一つ一つのクラスにちゃんと集中してできるようになったと思います。クラスが変わったためにメンバーにはご迷惑をおかけしていると思いますが、なにとぞお赦し下さいませ!その分私もしっかりと心と思いとを注いでレッスンができるようにして行きたいと思います。

来月の復習曲シリーズ、何が出るかお楽しみに!
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  1. 2008/05/28(水) 12:39:18|
  2. 宮地Lesson
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細川ガラシャ夫人

という方をご存知でしょうか?私も最近、三浦綾子さん著の小説で知ったばかりです。織田信長やら秀吉やら徳川家康が出てくる、いわゆる戦国時代?のお話で、日本の歴史にはうとい私ですが、この小説はどんどん引き込まれました。今回はこの小説の中からご紹介します。

細川ガラシャ、と言っても外国人ではありません、織田信長を倒した明智光秀の娘、玉子(たまこ)の事で、のちに洗礼を受け、その洗礼名がガラシャ(伽羅奢:恩寵、聖寵の意味)というのだそうです。彼女がたどった数奇な運命を通して神に導かれて行くわけですが、その求道中(神様を探し求めている時期)に、当時の有名なキリシタン大名、高山右近と再会し、話す機会が与えられる、という場面が出てきます。そこでの会話がとても印象的で、ぜひ紹介したいと思いました。

ここにいたるまでの背景なども知ると、よりいっそう心に深く響きます。機会があったらぜひ一読してみてください。

言葉遣いが当時のもので、今の私たちにはちと難しいかもしれません・・が、改めて日本語の美しさも味わえると思いますよ。
-----

ーー細川邸に、ひょっこり高山右近が訪れ、思いかけず歓談の時を持つことができた。そして・・ーー

右近が帰りかけた時、忠興(ただおき・玉子の夫)は何か尋ねる事はないかと玉子に言った。玉子は、

「神を信じようと致します時、一番大切な心がけは何でござりましょう。」

と尋ねた。右近の顔が輝いた。

「よいお尋ねじゃ。神を信ずる者に第一の心がけはのう。それは、何事も神の御心(みこころ)のままになさしめ給え、と祈る事ではないかと存ずる。」

「何事も神の御心のままになさしめ給え、とお祈り申すのでござりますか」

「さようでござる。神は全智全能で全き愛のお方。この神のなさることに、われわれ小さな人間が、罪深いものがあれこれかしこ気(げ)に理屈を申し立ててもいたし方ござらぬ。先ず安心して己(おの)れを神の御手にお委ね申すことが肝心じゃ。われわれ人間の、あさき心のままになるよりも、神の深き御思いのままになるほうが、安全確実というものでござる故。」

その言葉が、玉子の胸に素直に沁みて行った。

(与五郎※のことも、神の御心のままにおまかせするのがいいのかも知れぬ)
そう思うと確かに心が軽くなった。

「人間、じたばたしても、自分の力では髪の毛一本増やすこともできぬものでのう」

右近はそうもいっていた。

まことにそのとおりだと、玉子も思う。キリストがどういう御方か、神がいかなる御方か、玉子にはまだわからない。神のなさるままにお委ねして、黙ってキリストのあとに従って行きたいと、玉子はいま、心から思った。

※与五郎:玉子の生まれたばかりの4番目の子、生まれながらに虚弱な子だった。


(細川ガラシャ夫人・下巻/三浦綾子著より)
  1. 2008/05/26(月) 12:23:01|
  2. Bible Study
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福音のたね

最近、このブログで取り上げる内容が、ちと深くなりすぎてるかな?クリスチャンの私でも難しい内容だし・・と反省をしている時に、このメッセージを聞きました。

そうです!ゴスペル=福音とは、実にシンプルなんです!
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福音を人々に伝える事を、よく種まきの例えを使って「福音のたねを蒔く」というような言い方をしたりします。聖書にこういった例え話があるからなんですね。

マルコ4:26-29より

また(イエスは)言われた、
「神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、
夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。
どのようにしてか、人は知りません。
地は人手によらず実をならせるもので、
初めに苗、次に穂、次に穂の中に実が入ります。
実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。」


普通に、野菜や植物などの種を蒔いた場合も、人の手によって芽が出るのではなく、
勝手に芽が出てきますよね?それは種の中に、すでに"いのち"があるからです。

ここで言われているのは、本物の種にはいのちがあり、勝手に芽を出すのだ、
人が何かをして、とか努力して芽が出て来るのではない、という事を言っています。

本物の種には「いのち」があります。

本物の、福音の種に必要なのは、3つの要素です、

1. イエスが私の罪のために死んでくださった
2. イエスは墓に葬られた
3. そして3日目によみがえられ、私たちの罪のゆるしと、
  永遠のいのちを保証してくださった

この3つ、が含まれていればいいんです。

しかしこの要素がなければ、本物ではない。

逆を言えば本物の種であれば、複雑に伝えようとしなくても
聞いた人の心にはちゃんと福音の種が芽を出し自然に育つのだ、
とイエスは語っています。

こう考えると、簡単じゃありませんか?
------

・・・そうなんですよね~。
ゴスペル=福音とは、イエス・キリストを通して与えられた3つの要素、そのものです。
それを信じて受け入れるだけで、罪がゆるされ、神の家族の一員に加えられるのです。
素晴らしい!!

ちなみに、上記の聖書の言葉の冒頭で、イエスは
「神の国は、・・・」とおっしゃっています、ここで言っている神の国とは、
イエスによって初めて明かされた「奥義としての神の国」を指しています、
(少し前の記事、「天の御国」という記事で詳しく解説しています)
まさに、今現在の、この時代の事をイエスは語っているんですね。

今の時代だからこそ与えられている恵み、それがゴスペルです!!

みなさんで、本物の福音のたねを蒔きましょう!!

また、ゴスペルを歌を通して蒔かれた種によって、
一人でも多くの方がこの3つの要素を味わい、自分の物とすることができますように!
  1. 2008/05/24(土) 19:07:18|
  2. Bible Study
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キリストにあって

今回もまた、ハーベストフォーラムの中川先生によるメッセージからです。

http://www.harvesttime.tv/HarvestForumTokyo/index.htm

あらためてこの事を知って、本当に感動しました。このメッセージを聞きながらレッスン会場に向かったのですが、あまりの感動にその日のレッスンでは涙をこらえられなくなってしまいました。。→神田月曜クラスのみなさん、そんなレッスンをちゃんと受けてくださり、ありがとうございました。o(;△;)o

----

ローマ人への手紙 6章4-5節にこのような言葉があります。

「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、
キリストとともに葬られたのです。
それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、
私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、
キリストの死と同じようになっているのなら、
必ずキリストの復活とも同じようになっているからです。」

ここで質問です。ある女性が妊娠中に海外旅行に行ったら・・
・そのおなかの子供にパスポートは必要か?→NO.
・では、その子供も海外に行ったと言える?→その子供に記憶はないけれど物理的には YES.
と言えるんじゃないでしょうか?

キリストを信じてクリスチャンになった私たちは、
「キリストにあって・・」= "in" Christ という状態です。
このお母さんとおなかの赤ちゃんのような状態。

私たちはキリストを信じると、罪赦される、という所までは信じているが、
私はやってないのに、キリストがなさったことが全部私がした事になっている、
ということまでわかってない、しかし、これがキリストを信じると起こる事です。

本当はこの私がむち打ちを受け、十字架に付けられなければいけなかった、
それを実際には、キリストが代わりに受けてくださった。
さらに、私が実際に受けていなくても、
「キリストにあって」私も受けた事になっている。
なんという神様の大いなる摂理というか、愛の深さでしょうか。。

なので、キリストが通った痛みも苦しみも十字架も、私が通った事になるのです。
そういう視点で見る事が大事なんですね。

-------
という事でした。。いや~、心底感動しました。。

また回を改めて、いかに苦しくむごい十字架であったか、記事にまとめようと思います。

なにしろ私はイエス様のおなかの中にいるような状態だと思うと、感動に震えました。
母がおなかの子を思うように、私もキリストの中にいつも守られ、慈しまれている、
そして十字架刑の死を、私の罪の許しのために最後まで全うされた、
私は何もしていないのに、神の目には私もその痛みを通った事になってる、というこの事実。

感動という言葉ではあまりにも足りないほど、衝撃を受けました。。

この事をただ信じるだけで、同じ「キリストにあって」という状態になるんです、
これが新しい契約、これが福音=ゴスペルです!!
  1. 2008/05/22(木) 12:16:23|
  2. Bible Study
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Author:AKO
Gospel Choirを指導して、早いもので丸12年が経ちました。まだまだ成長の足らない私ですが、精一杯みなさんと一緒に歌って行きたいと思います。日本のGospel Choir、がんばろう~~!

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