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A.F.M.活動報告

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第7日目最終日 #3

園の墓

●最終日の、最後に訪れた「園の墓」

中川先生いち押しの、トマトスープのおいしいイタリアン・レストラン、「アレキサンドラ」にてランチを終えた後、「園の墓」という場所へ行きました。

P1010407.jpg P1010409.jpg

緑豊かな、本当に美しいガーデンでした。いろいろな草花に囲まれて、心身ともにリラックスして、このツアーが守られた事の感謝でいっぱいなりました。

この名前の通り、イエスの葬られた墓があった場所、とされているようですが、考古学的にみると、聖墳墓教会 の方が、可能性が高いという事でした。 → 続きを読む
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  1. 2001/03/24(土) 04:34:49|
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第7日目最終日 #2

ヴィア・ドロロサ→聖墳墓教会
 ~過越しの祭りについて~

●ヴィア・ドロロサ:VIA DOLOROSA

体も温まって、一息ついた所で、今度はイエスがいよいよ十字架にかけられる時に、十字架を背負って歩いた、という道、ヴィア・ドロロサを歩きました。しかし時代によって道順が変化しているそうなので、確かではありません。今のこの道は計14のステーションがありますが、聖書にあるのは9つ、残りは伝承だと言うことで、19世紀に確定したそうです。

P1010387.jpg

私たちのイメージだと十字架を担いで歩かれた、というイメージだけがありますが、実は十字架の横木だけをローブで縛られた状態で処刑場まで歩くのが、当時のローマのやり方だったそうです。 → 続きを読む
  1. 2001/03/24(土) 04:17:10|
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第7日目最終日 #1

エルサレム/嘆きの壁→旧市街~Coffee time

さあ、今日はいよいよイスラエル・ツアーの最終日、まずは嘆きの壁として知られる通称「西壁」に行きました。そしてここでハーベストツアーのメンバーの中の一人が洗礼を受けられました。これってすっごい事ですよね!このような素晴らしい場所で、神とつながる儀式をするわけですから・・・その人にとって、きっと一生の思い出になる事でしょう。

●エルサレム/嘆きの壁

ここは、ユダヤ人が入るのを許されている中で、唯一、神殿に一番近い部分、とされています。

P1010370.jpg
↑ここが神殿のあった場所だ!写真でしか見た事なかったこの光景が自分の目で見られるとは、感激!

上記の写真では、黄金のドームの見られるちょうど真下にあたる壁が「西壁」にあたります。ここでもユダヤ教の厳格さが伺えるのですが、ここのスペースが2つに分かれていて、向かって左側が男性専用、右側が女性専用になっています。それが思わぬアクシデントにつながるとは・・・誰も想像できませんでした。 → 続きを読む
  1. 2001/03/24(土) 04:07:40|
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第6日目 #5

聖書ガーデン~本物の十字架を見る
→第2神殿の模型

●聖書ガーデン:Biblical Resources

鶏鳴教会で涙なみだの礼拝を捧げた後、この美しい聖書ガーデンへとやってきました。緑豊かな美しいガーデンの中に、聖書時代の道具、建物などが展示されている、という場所でした。また、バプテスマのヨハネが生まれた場所でもあるそうです。

P3230346.jpg P3230341.jpg
↑ヤギの毛で作られた幕屋です。使徒パウロの職業はテント作り、こんな家を作っていたんですね。 → 続きを読む
  1. 2001/03/23(金) 03:52:46|
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第6日目 #4

鶏鳴教会(その2)~むち打ちについて

●むち打ちについて

ここでむち打ちが、どれだけ苦しいものであったのかについて触れてみます。まずむち打ちの刑は、ユダヤ議会でも、ローマ議会でも使われていた刑罰です。しかしこの二つは大きく異なります。

・ユダヤ刑罰のむち打ち
ユダヤで使うむちは、木の取っ手に短い革のむちでできたもので、叩く回数も限られています。モーセの律法によると、
「四十までは彼をむち打ってよいが、それ以上はいけない。それ以上多くむち打たれて、あなたの兄弟が、あなたの目の前で卑しめられないためである。」(申命 25:3)
と、40回までに定められており、ユダヤ教は厳格ですから、万が一、数の数え間違えをして40以上になってしまわないように、39回まで、と決められていました。また叩いてよい場所も背中だけに限られており、非常に痛いですが、この刑によって死ぬ事はありません。

・ローマ刑罰のむち打ち
ローマで使うむちは、とても長い革ひもでできており、一度打つと体を回り込んで痛めつけられます。その革の先には金属やガラスの破片、動物の骨がついていて、それで叩かれると皮が剥け、筋肉も割けてちぎれ、飛び散ります。また長いため、背後からたたかれてもそのむちは胸や顔にまで到達し、全身ボロボロ、顔も見分けがつかないほど張り裂け、膨張してしまいます。さらに数に制限がないため、死に至る事があります。昔の文献を見ますと、このむち打ちを受けた人の顔は、その家族でさえも見分けがつかないぐらいに変形する、書かれてあるそうです。
→ 続きを読む
  1. 2001/03/23(金) 03:45:44|
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第6日目 #3

鶏鳴教会

●鶏鳴教会(けいめいきょうかい)

P3230325.jpg ←鶏鳴教会

鶏が鳴く教会・・・これは、聖書に出てくる記述の出来事から来ています。
まず「最後の晩餐」での、イエスとペテロの会話を見てみましょう。

「主よ。なぜ今はあなたについて行くことができないのですか。
あなたのためにはいのちも捨てます。」
イエスは答えられた。「わたしのためにはいのちも捨てる、と言うのですか。
まことに、まことに、あなたに告げます。
鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います。」
(ヨハネ 13:37~38)
→ 続きを読む
  1. 2001/03/23(金) 03:35:43|
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第6日目 #2

ゲッセマネの園

●ゲッセマネの園

ゲッセマネ=オリーブしぼり、という意味があるそうで、その名の通り、オリーブの大木が並ぶ園でした。ここは、イエスが十字架にかかる前に祈られた場所としても有名です。オリーブの木は見た感じ、2000年前の木がそのままあるのか、と思うほど立派な大木です。しかし実際には、ローマ軍がエルサレムを襲った時、木という木は全て累を築くために切り倒されたので、当時の木は残っていません。

P3230310.jpg ←オリーブの大木。おもむきがあります。
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  1. 2001/03/23(金) 03:28:13|
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第6日目 #1

オリーブ山

いよいよ、エルサレムに入りました。
6日目に最初に訪れたのは、キリストが再臨される、という所で有名なオリーブ山です。聖書ではこのように預言されています。

「その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。
オリーブ山は、その真中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。
山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。」
(ゼカリヤ14:4)

ここでオリーブ山は、「真ん中で二つに裂ける」と預言されていますが、実際に分断できる地層が発見されてるそうです。聖書の言葉はひとつひとつが、真実なんですね。

P3230301.jpg ←オリーブ山からの景色 → 続きを読む
  1. 2001/03/23(金) 03:21:16|
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第5日目 #2

ヤド・バシェム(ユダヤ人虐殺ミュージアム)
→エルサレムプロムナード(一望)

●ヤド・バシェム

あんなに喜び一杯に盛り上がったバルミツバ・パーティーの次に向かったのは、一変して、悲劇のホロコーストのメモリアルのために建てられた「ヤド・バシェム」:ユダヤ人虐殺ミュージアムでした。ホロコーストでは600万人のユダヤ人が虐殺されました。

P3220281.jpg ←”YAD VASHEM" と書かれた下に、ユダヤ教のシンボルともいえる、燭台(メノラーと呼ぶそうです)が描かれています。 → 続きを読む
  1. 2001/03/22(木) 03:03:33|
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第5日目 #1

バルミツバ→バルミツバ後のパーティ

5日目、まず最初に訪れたのは、なんとバルミツバ、ユダヤ教の成人式でした。シナゴーグに入るのも初めて、ユダヤ教に関しては全く経験がなかったので、見るものすべてが初体験、実に貴重な経験をさせていただきました。

●バルミツバ

バルミツバの本来の意味は「律法の子」、律法の責任を自ら背負う、という事を儀式的に現したもので、これが実質的なユダヤ教の成人式になります。男子は13才で、女性は12才で成人します。シナゴーグとはユダヤ教でいう、祈りの場としての会堂ですが、これは10人以上のユダヤ教の成人男性が集まらないと成り立たないそうです。いろいろな意味で成人したということは、ユダヤ人にとって意味の深いものなのです。
そのバルミツバ、今回はちょうどバス運転手・ヨッシーさんの息子、エラン君が式をする、ということで、私たちハーベストツアーメンバーに参列?を許して下さいました。きっと日本人の参加は初めてでしょう、ということでした。そんな由緒ある機会を与えてくださった主に感謝します!

P3220242.jpg P3220246.jpg
↑成人式の行われたシナゴーグ、貫録。↑こちらが会堂です。ギャラリー?から撮影。 → 続きを読む
  1. 2001/03/22(木) 02:52:08|
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第4日目 #3

ユダの荒野

●ユダの荒野

イエスが40日の断食の末にサタンからの誘惑を受け、それに勝った、という有名なお話の舞台です。そのことからもわかるように、荒野とは神の声を聞くところであるのと同時に、悪魔の声も聞こえるところです。荒野では余計なものは何事も許されない、人生に余計なものを掃き取られる場所であるゆえに、預言者はみな荒野から出てきています。また誘惑とは、その人に可能性があるから、サタンが使うものであって、可能性がなかったら誘惑はありません。イエスがここで会われた誘惑とは、後に受けねばならない十字架をパス(十字架刑を受けないで逃げる事)してしまえ、との事につながるものでした。

P3210217.jpg ←あまりの迫力に、脱帽!
→ 続きを読む
  1. 2001/03/21(水) 02:41:35|
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第4日目 #2

荒野の幕屋(原寸大のレプリカ)

●荒野の幕屋:The Wilderness Tabernacle

P3210198.jpg P3210199.jpg

聖書に出てくる「幕屋」(出エジプト記26章参照)が、現実に見れるとは、なんという祝福でしょうか!ここの管理者のお話では、これは今の人たちに対する教育が一番の目的である、と言っておられました。確かに、聖書で読むだけでは全然イメージがわきませんが、実際に見てみるとわかりやすいですよね。これはもちろん今の時代に、聖書を元に、今ある材料で再現したもの(しかも原寸大)です。今まで食わず嫌いで読めなくて、ほとんど内容の分からなかった聖書の記述が、いっきにクリアになりました。
→ 続きを読む
  1. 2001/03/21(水) 02:22:58|
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第4日目 #1

マサダの要塞
→エン・ゲディ

●マサダの要塞=ユダヤ魂の象徴とされる場所

1838年、アメリカ人のエドワード・ロビンソンによってエン・ゲディから望遠鏡で発見された場所です。ヨナタン・マカビーが砦を築き、そのあと紀元前36年にヘロデ王が再建しました(三つの要塞の一つ、他にもカイザリヤ が出てきましたね)。死海の海面から約430m上がった山で、その山の頂上に砦を築いています。

P3210157.jpg P3210179.jpg
↑マサダの砦が右上の部分に建てられてます。↑マサダの模型。山の形を利用して作られてるんですね。
→ 続きを読む
  1. 2001/03/21(水) 01:39:53|
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第3日目 #3

死海→死海遊泳

●死海(=塩の海)

海抜下約390m、約400mの深さの湖。塩分の含有量は海水の約6倍。今では年々水量が減り、海底の見える部分も広がってきて分断されつつあるそうで、水路を設けてかろうじて湖をつなげている、といった現状です。この死海はミネラルの宝庫として知られていて、死海の泥を使った化粧品や石けんなどは有名です。

P3200138.jpg←素晴らしく幻想的な死海、水不足が心配・・・

聖書のエゼキエル書47:6~12で預言されていますが、神様の国がこの地に建てられる千年王国の時代には、死海の水が癒され、魚が住むようになる、と言われています。今、すでにいくつかの生物が死海で生息していることが発見されているそうで(!)、千年王国も近いのか?と思わざるを得ません。
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  1. 2001/03/20(火) 09:06:41|
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第3日目 #2

クムラン・・・死海写本の発見

●クムラン
・・・エルサレムが海抜800m、ここクムランは海抜下400m

20世紀最大の発見、1947年に死海写本が発見された場所です。新約時代はエッセネ派(ユダヤ教の一派で、旧約と新約の間の時代に生まれた)と呼ばれる人たちが共同体を作ってここに住んでいましたが、68年にローマによって滅ぼされました。

P3200122.jpg P3200124.jpg

クムランで発見された世界最古の「写本」は、最初タアミレ族の少年によって発見されました。羊飼いであった少年が羊を探しに来た時に、洞窟に石を投げたら何か割れる音がして、覗いてみたら陶器の破片と土製のかめを見つけ、その中に写本が7巻発見されたそうです。後に発掘を進め、数千の写本が出てきています。原典はもちろんありませんが、今ある聖書は99.9%原典の通り、と言えるそうです。
・・・信じられない人がいると思いますが、例えばシェークスピアは誰にでも信じられていますが、同じように原本は残っていません、シェークスピアが信じられるのなら、聖書はよっぽど信ずるに値します、なぜなら出てきている数が違うからです。(なるほど)

P3200126.jpg ←展示されていた壺。このような形で写本が発見されました。

→ 続きを読む
  1. 2001/03/20(火) 08:57:45|
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第3日目 #1

ガリラヤ湖にて洗礼式!
→メギド


●ガリラヤ湖にて洗礼式!

3日目、ガリラヤ湖畔での洗礼式、そして礼拝が執り行われました。
今回のツアーで、なんと2人もイエス様を受け入れ、洗礼の決心なさいました。ハレルヤ!そのうちのお一人が、ここガリラヤ湖で洗礼式をする、というなんとも素晴らしい恵みに私たちも立ち会えることになったのです。しかもその上、もうすでに洗礼を受けた方で、もう一度イエス様に献身します!と決心した人にも、洗礼を授けてくださる、というお話をいただき、私は迷わず「受けます!受けさせて下さい!」と申し入れたのでした。あ~、なんという驚くばかりの恵みでしょうか!

P3200097_1.jpg P3200098_1.jpg

水は冷たかったですが、不思議に寒くなく、とっても気持ち良かったです。他にも何名の方が"献身礼"を受けていました。まさかイスラエルのガリラヤ湖で洗礼が受けられるなんて!

<メッセージ>
この礼拝&洗礼式の中で中川先生が、聖書の「2匹の魚と5つのパンの奇跡」を通して、メッセージしてくださいました。人は誰でも、取るに足らない、何の役にも立たないこんな私が献身したって・・・と思うもの、しかしそれでも主に捧げれば、大きく祝福して用いて下さり、奇跡が起きるのだ、という事を語って下さいました。アーメン。
→ 続きを読む
  1. 2001/03/20(火) 08:48:18|
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第2日目 #3

ペテロの魚のランチ→ゴラン高原ワイナリー
→ゴラン高原縦断
→ガリラヤ湖「ミツペ・ラ・シローム」


●ペテロの魚・・・やっとランチだ!

青いライトが天井全面に光る、とっても広い、まるで披露宴会場のようなおしゃれなレストランで、ガリラヤ湖で取れたお魚をいただきました。「ペテロの魚」と言われたお料理は、一匹丸ごとフライにした魚です。でも味がとっても淡泊で結構味っけのない魚なんです。ここでツアー準備要項で言われた通り、用意した醤油が大活躍!私は我が家にある携帯用醤油(?)を全部持っていったのですが、「ぎょうざのたれ」も混じっていたんですね。がしかし!これが大ヒットです!なんとなく中華っぽい味になり、淡泊なお魚がとっても味わい深いメインディッシュに変わりました。隅から隅までしゃぶるように最後まで食べましたよ。おいしかった~!
P3190077.jpg

●ゴラン高原ワイナリー

1967年にあった「六日戦争」は、エジプト・シリア・ヨルダン対イスラエルの戦争で、誰もがイスラエル敗北を予想したそうです。しかし神の奇跡が起こりました!この戦争がたった6日間でイスラエルの勝利に終わり、この時イスラエルがゴラン高原を取り戻しました。それまでシリア領であったこの土地(実際には1946~1967年のたった21年間だけでした)がイスラエル領になってから、このワイナリーができたそうです。土地がブドウの発育とワインを作るのにとっても適しているそうで、イスラエルのワインの?%(忘れたが、かなりの比率でした)がここで作られたものだそうです。とっても大きな工場で、ワインの瓶詰めなどもオートメーション化されていました。

P3190081.jpg P3190082.jpg
↑こんな数の樽は見たことありません!↑ビニール越しでちょっと見にくいですが、工場内部。
→ 続きを読む
  1. 2001/03/19(月) 08:31:51|
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第2日目 #2

「タプハ」にある3つの教会
1. 山上の垂訓教会 
2. ペテロ召命教会 
3. パンとさかなの奇跡の教会


●TABGHA: タプハ(=7つの泉という意味)

カペナウムを出て次に来たのは「タプハ」と呼ばれる場所です。ここには聖書に出てくる有名な記述にちなんだ教会が3つもありました。

1: 山上の垂訓教会

マタイの福音書5章から始まる、有名なイエスの教えで、「幸いなるかな」で始まる祝福が8つ出てくるため、この数に従って会堂が8角形になっています。

P3190058.jpg P3190061_1.jpg
↑教会正面、個性的な趣です。↑天井部を見ると、確かに8角形がよくわかります。

聖書の中で「山上の垂訓」を始め、イエスが群衆を前に教えられた記述がいくつも出てくるのですが、何千人もの群衆を前にして果たして生の声が届いたのか、という疑問が出てきますよね。しかし、ガリラヤ湖で話す声がこの山上の垂訓教会までしっかり聞こえる、これは科学的にも証明されているのだそうです。イエスは声が響きやすいこの地形を利用して語られました。ちゃんとみんなにメッセージを伝えるために手段と場所を選んだんですね。

2: ペテロ召命教会

イエスが復活した後、ペテロに姿を現された場所、という教会です。ヨハネの福音書21章の場面です。
ガリラヤ湖の上を歩くぐらい熱心だったペテロが、その師匠であるイエスを三度も裏切り、その後イエスは十字架刑に処せられ葬られ、しかし生前の言葉の通り、3日後に甦られます。復活のイエスは、12弟子の中では、このペテロにまず姿を現して下さいました。・・・しかしイエスは近いうちに天に帰られると言います。せっかく3年間従った師匠ともお別れの時期が来る・・・ペテロはもう一度漁師に戻ろう考え、3年ぶりに漁をしてみましたが、魚は一匹も取れませんでした。そこに再びイエスが彼に会いに現れたのです、さらに和解のための食事を用意をして・・・(涙)。その用意してあった魚とパンが乗せられたであろう、またイエス様がその前に立たれたであろう岩がそのまま残されてありました。感激。

P3190071.jpg P3190065_1.jpg
↑ペテロ召命教会門     ↑食事の用意された岩、その上に教会が。

→ 続きを読む
  1. 2001/03/19(月) 08:23:39|
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第2日目 #1

ガリラヤ湖/2000年前の船の展示場
→船に乗り、湖上遊覧
→カペナウム


●ガリラヤ湖/2000年前の船の発見と展示
さてツアー第2日目は、聖書の中でもよくでてきます"ガリラヤ湖"に行きました。ある学者は本の中で「血の海になった」と言ったほど、ここでは激しい戦いがあった場所でもあります。しかし昔ながらの自然が残されている、本当に美しい湖でした。

ここでイエスの時代(2000年前)の船が発見され、展示してあります(とってもおしゃれな展示場です)。沈んでいた船を引き上げる際にはいろいろな苦労があったようです。船の材料である木(樫と杉が主な材料だそう)は、スポンジのようにやわらかくなっていたため、まず海面下で崩れないようにまわりを発泡スチロールで覆い、それから引き上げ、発泡スチロールをはがしてから保存液に2年以上も浸して、それから今のように展示されている状態になりました。12~3人乗りの船だそうです。当時はきっとこのような船を使って、ペテロなどは漁師をしていたのでしょうか。
P3190009.jpg
↑このように湖から引き上げました。
P3190011.jpg

↑これが2000年前!の船。思ったより小さかったかな。
→ 続きを読む
  1. 2001/03/19(月) 08:06:44|
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第1日目 #2

キブツで唯一の豚肉料理を出す店「Mizra」でランチ
→受胎告知教会
→アルベール山よりガリラヤ湖を一望


●豚肉料理を出す店「Mizra」でランチ

P3180049.jpg

キブツの経営しているレストラン、その中で唯一豚肉料理を出す、とっても珍しいお店です。なぜなら、ユダヤ教では豚肉は汚れた動物として食べてはならない動物だからです。でも、出てきた料理は立派、大きい、ジューシーでおいしいスペアリブ!おなかいっぱい食べて大満足でした。 → 続きを読む
  1. 2001/03/18(日) 09:44:37|
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第1日目 #1

カイザリヤ→地中海(十字軍跡)

まずは、こんな素敵なホテルのテラスで朝食です。もうびっくりです。
ほんとにニュースで見るイスラエルとは全然かけ離れたイメージが続きます。
しょっぱなから、いたって平和で優雅な時間を過ごしました。

P3180018.jpg P3180022.jpg
→ 続きを読む
  1. 2001/03/18(日) 09:35:07|
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いよいよ、イスラエルへ出発!

成田発~アムステルダム経由、テルアビブ空港へ
カイザリヤのホテルに着いたのは午前3時過ぎ!

成田発~アムステルダムまで、KLMオランダ航空に乗って11時間
→アムステルダムにて関空組と合流/オリエンテーション(ここで4時間待ち)
→アムステルダムからテルアビブまで5時間
カイザリヤのホテルに着いたのは午前3時過ぎ!


P3180010_1.jpg P3180012.jpg

さあ、次からいよいよ、イスラエルツアーが始まります。
→ 続きを読む
  1. 2001/03/16(金) 09:31:35|
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ISRAEL TOUR 2001*INTRO

2001年、3月17日から25日まで、ハーベストタイム主催のイスラエルツアーに参加しました。もうあれから3年も経ってしまいましたが、以前からずっとこのツアーの内容をまとめて、みなさんに紹介したい、と願っていました。大変内容の濃いツアーでしたので、全てを紹介することはできないとおもいますが、少しずつまとめて配信していきます。私も、もう一度ツアーに行った気分になれるかな~。

(まずは2001年、当時の感想から)
長かったようで短かったイスラエルでした。場所のひとつひとつが思い出深い、意味の深い、印象の深い、心に残る場所ばかりでした。紛争は耐えないですが、イスラエルという国は、やっぱり素晴らしい!すてき!かっこいい!です。国の作り方も、歴史を残そうという姿勢も、住んでいる人たちも、全てにおいて素敵でした。 → 続きを読む
  1. 2001/03/13(火) 09:30:53|
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プロフィール

AKO

Author:AKO
Gospel Choirを指導して、早いもので丸12年が経ちました。まだまだ成長の足らない私ですが、精一杯みなさんと一緒に歌って行きたいと思います。日本のGospel Choir、がんばろう~~!

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